潰瘍性大腸炎の大腸全摘手術後、仕事への完全復帰を目指していました。しかし、体力の低下や夜もれるトラブル、さらにPTSDの影響も重なり、勤務を続けることが難しくなっていきます。
今回は、2010年に解雇を体験することになった当時の状況や、今振り返って思うことをまとめました。
体力の低下や夜のもれなどを紹介した、前回の記事はこちらです。
解雇(クビ)2社目
また病気が原因による解雇(クビ)です。今回で2社目です。
好きで病気になったわけではないのですが…つらいですね。
ただし前回(2000年)のように突然の解雇ではなく、適正な対応をいただいた上でのことでした。
ご迷惑をおかけして申し訳なく、そして感謝の気持ちしかありません。
せっかくの前回の教訓!?を活かしきれず悔やまれます。
教訓の1つ「勤務先に近い自宅」はできていましたが、
もう1つの「勤務が難しい場合は早めに会社に相談する」ができませんでした。
ちなみに、病気以外が原因でのクビはありません。
潰瘍性大腸炎が原因の2社のみです、念のため…。
よろしければ、前回のクビ記事もご覧ください。
体調の悪化
仕事を終えて帰宅したらすぐに休む、休日もひたすら横になる。そうして体力の回復に努めていたのですが、だんだんと朝起き上がれなくなっていきました。
(実際、仕事・通勤以外の時間は「ぶっ倒れている」状態でした)
・とても疲れやすく、寝ても疲れがとれない
・モーレツなだるさで、朝起きることができない
・布団と身体の間に強力な磁場が発生して、引きはがせない感覚
・必ずではないが「夜もれる」こともあり(水様便)
数か月前に受けた潰瘍性大腸炎の大腸全摘手術(IACA)の影響と、前年(2009年)発症のPTSDの影響が重なり、体調の悪化につながったのかもしれません。
勤務状況
ひどい状況でした。
大変な迷惑をおかけしていました。
・なんとか起き上がることができても、出社できるのは昼頃から
・最後の1か月ほどは、起き上がれなくなり出社もできず
・遅刻や欠勤の連絡は当日におこなう
場当たり的な当日連絡を繰り返すのではなく、「自分の体調を客観的に把握したうえで、今後のことを考えて会社に相談する」という選択肢が、当時はまったく思い浮かびませんでした。
前回(2000年のクビ)とまったく同じ失敗をしているにもかかわらず、毎日の体調がきつすぎて、あれこれアタマを巡らせる余裕が一切なかったです。
もちろん元々の管理人の能力がいたらないことも大いにあります…。
当時の自分に伝えたいこと
当時の自分へのアドバイスです。
(その仕事を続けたい、その会社を辞めたくない場合です)
1)早めに会社に相談する
通常の勤務が難しい場合、自分の都合だけでなく、会社の都合も考えて相談する。
自分の都合「難病で体調優れず毎日つらい」
会社の都合「利益追求組織である」
この相反する状況をどうやってすり合わせることができるか、自分から会社に働きかけ、妥協点を探せるよう努力する。
2)会社の近くに住む
通勤が体力面で負担にならないよう、会社に近い所に住む(部屋を借りる)。
会社の近くが経済面でキビシイ場合は、許容できる範囲の駅近物件にして、最寄り駅から遠い物件は避ける。
会社への難病の報告
これは、私たち難病患者の多くが、就職時に悩むことだと思います。
今回の会社へ転職した際(2007年)、難病の潰瘍性大腸炎であることは伝えていません。
当時は「病気のことを伝えたら、不採用になる」と考えていました。
現在は、病気に関しての啓蒙活動もおこなわれるようになり、社会の理解もだんだんと進んでいるように思えます。
それでも「会社への難病の報告」は本当に難しい判断だと思います。
会社に報告しなかった理由はもう一つあります。
それまでの約10年間、薬の効果で寛解状態を維持できていたため、「このままいけるのではないか」と考えたためです。
しかし現実には
2007年入社 → 増悪で2008年・2010年入院 → 最後は出社できなくなる
結果として
会社に多くの迷惑をかけ、無責任な終わり方になってしまいました。
おわりに
会社に報告済みであっても、体調悪化で勤務ができない状況が続けば、会社に在籍し続けることが難しくなることも考えられます。
難病と仕事の両立は、私たち患者だけでは解決できない本当に難しい問題です。
好きで病気になったわけではないのですが…つらいですね(2回目)。
【読んでくださるかたへのお願い】
当ブログの内容は「いち患者」である管理人の実際の体験と感想であり、医学的な助言や診断、治療を目的としたものではありません。
症状や治療等の医学的判断については、必ず医師などの専門家にご相談ください。



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